なちは、あの日から集まりに顔を出さなくなっていた。あの集まりは、実は自然にその辺で遊んでいた若者たちが作ったもので、特別学校が同じだとかそういうものでは無かったが、大体集まる面々は同じで、待ち合わせなどをしなくても駅前に行けば誰かがいる、という状態だった。そんなものだから、始めは誰も気にしていなかったのだが、なちが来なくなって2週間経って、数人がなちを気にし始めた。それまでは毎日来ていたなちが、幸也に出会った日から(正確にはちゃんと話をした日から)全く来なくなったのだ。誰もが幸也に原因があると思っていたが、久しぶりに駅前を通った幸也に声をかけると、なちとは連絡を取っていないらしく、幸也も心配していたらしい。メールも電話も出ず、なちの家を知っている者は誰も居なかった。学校にもほとんど行っていないので、なちの行動は予測がつかなかった。
そして、2週間と5日が過ぎた頃、突然なちが集まりに顔を出した。寒さが真冬に向けて募るこの季節に、なちは大きめのTシャツを一枚着ていただけだった。
「やーみんなー」
「うわ、どうしたんなちー。寒いっしょ!」
「あはー、ちょっと寒いー」
一人がジャケットをなちに着せると、なちは一つくしゃみをした。笑っているが、顔は少し青ざめている。女がなちに問いかけた。
「なち、どこ行ってたの?」
「んー・・・・・まー、うん。どこってことも無い」
「・・・そうやって濁すのがなちの悪いとこだよー」
「だってー・・・」
なちはばつの悪そうな顔をして少し身長の高い女を見上げた。なちは指を弄りながらんー、と唸り何とかその場を誤魔化そうとしていたが、言いたくない理由があると察した女は、「ま、無理に喋らんくてもいいよ」と言った。なちはありがと、と言って寒そうにジャケットの上から腕を擦った。
数十分話していると、男がなちの異変に気付いた。
「あれ、なちってピアスそんなにあけてたっけ?」
確かなちのピアスは、この集まりでやった遊びの罰ゲームで頑張ってあけさせた一つだったはずだ。それが、よく見るとピアスが無いだけで5つほど穴があいている。それも両耳だ。なちはたった一つのピアスで怖がっていたのに、何故こんなに、と問いかけた。
「うー、あー・・・なんていうかー・・・」
「自分でやった?」
「ある意味自分でー・・・?あけるのは友達にやってもろたけど自分の意思であけた」
「なんでまた。なちピアス嫌いやったしょ」
耳を触ると、なちは小さな声をあげて、その後「痛っ」と呻いた。ピアスが引っかかって引っ張ってしまったらしい。男はすぐさま謝って耳から手を離した。なちは自分の手で耳を触ると、ピアスの穴の凹凸をなぞった。ピアスがつけてある穴は、両耳の10個中7個。かなり多いが、それらは全て小さな石や花形などで、揺れ動くタイプなどの大きいものはついていなかった。
「嫌いやったんやけどねー。なんかさー・・・」
「うん?」
「何かいろんなもんが怖くなって、怖いの全部から逃げてたんよ」
「何が怖いの?」
「わからへん。直感的に、怖いって思うん。」
「ふんふん、そんで?」
「んで、4日くらい寝んと外歩き回ってて、気付いたら学校着いてて、」
「おお。学校嫌いのなちちゃんが」
「えへー。そんで、久しぶりに友達に出会ってさー、その子に相談してみたんよ」
「そしたらなんて?」
「痛いことすると、そっちに気が紛れるって言ったから」
「だからピアスかー・・・」
「そうそう。でも怖いから友達にやってもらった」
なぜ痛いものと聞いてピアスなのか不思議だったが、あのなちの嫌がりようから見れば確かに痛いことなのかもしれない、と男は思った。罰ゲームの時のなちの嫌がりようは笑えるほどで、なちは駅前で泣きながら走り回った。結局捕らえられてあけられたがその後なちはじんじんとする痛みにずっと半泣きで耳を押さえていた。あれはもう笑い話になっていたが。多分友達はリストカットとか、そういうことを言いたかったんだろうな、と男は思ったが、あえて言わなかった。ここまであけたなちの頑張りを無駄にはしたくないし、なちの腕は白い綺麗なままでいて欲しかったからだ。なちの腕は、本当に白い。写真を撮りに出かけているはずなのに、とても白い。女性たちから恨まれるほど、赤くなることもなく、なちはずっと白いままだった。
「幸也にメールした?」
「何で?」
「何でって・・・メール来てたでしょ」
「え、あ、携帯・・・・・」
「着信履歴見な。わたしらも電話とかかけてあるんだけど」
「・・・携帯・・・・・・落とした・・・」
青ざめた顔で目を合わせるなちは、今にも泣きそうな顔をしていた。
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