「・・・・・」
波の音と微かな虫の音と、他に何か聞こえる。
「・・・なに?・・・・・」
耳を澄ますと、やはり波の音しか聞こえないようにも思える。
虫の音も一旦止んで、夜は暗闇と鮮やかな静寂に包まれる。もっと耳を澄ますと、遠くの汽笛の音が聞こえる。様な気がする。勿論気のせいだ。生きてきてこのかた14年、この海岸沿いの村で汽笛の音など聞いたことが無い。
海岸沿いに面しているくせに、この村には漁船とか云うものが無い。漁師はみんな小さな小舟で漁に出る。帰ってくるときは、小さな舟いっぱいに魚が溢れていて、舟が沈んでしまいそうなときすらある。それでも漁船を使わない理由は、と聞いたことがあったが、「言い伝えだよ」と返されただけだった思い出がある。
「・・・・・」
少年はもう一度黙る。黙って耳を澄まし、眼を閉じる。
波の音が静かに揺れて、鼓膜を振動させる。他に何か聞こえる気がするのに、何も聞こえる気配は無い。
しょっちゅうこういう事がある。
ふと気付くと何も聞こえないのに、何か聞こえるような気がする。目にする景色の他から聞こえる、外の世界の音の様な、そんな感覚だ。あれはいつだったか、兎に角小さいころからずっと感じていた違和感。小さいころは気にならなかったことも、成長につれて大きな疑問へと化していく。
やはり何も聞こえない。
目を開けると、目の前に広がる海に映った黄色い月。明日あたり満月なんだろうなと思って、少年は海に背を向けて歩き出す。足跡が砂浜につけられていく。別に楽しいことでもなんでもない。むしろ砂がサンダルと素足の間に入って痛いし気持ち悪い。昼間遊んでるときとかはそうでもないのに、一人で此処に来て感傷に浸っていると、そういう些細な事まで気になってくる。
「だれだ・・・」
『何か』が聞こえる度に、脳内に誰かの影がフラッシュバックする。ちゃんとは思い出せない。輪郭さえぼやけているものの、なんとなく幼い子だということだけわかる。
その子の影がフラッシュバックする度に、酷い嘔吐感に襲われる。その後頭痛がして、頭に意識を持っていくと、頭痛は酷くなる。まるで、思い出すことを拒むかのように。だから、幸也はこの映像が嫌いだ。意味も無く、理由もわからないまま思い出される中途半端な影と頭痛。しょっちゅう起こるのだから、ストレスも溜まる。幸也はポケットから愛用のマイセンを取り出すと、ライターで火をつけた。一瞬だけ、浜辺が明るく照らされる。月の光とぶつかって、綺麗なイルミネーションを浮かべた。
幸也はぼぉっと水平線を見ている。伊達眼鏡に煙がかかって目の前が白く濁る。もともと顔を見られるのが嫌いな幸也は、前髪を伸ばして、伊達眼鏡をかけていたのだが、それももう癖になってしまって、一人で居るときも、ほぼ常に眼鏡をかけるようになった。目の前で手をぱた、と一振りすると、煙の群はふわっと海へと飛んでいった。
「 」
幸也は、小さく呟いた。
そしてそれは誰にも知られること無く、夜の海に儚く消えていってしまった。
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