「・・・・え・・?」
幸也は怯えたままの目で目の前の、明らかになちとは違う少女に目を奪われた。その目はなちと違う、幸也の視点から言わせれば"怖い"目だった。
「どーも。はじめましてー」
目の前の憂來と名乗った少女は、服に付いていた汚れを簡単に払うと、幸也を見下ろすように立ち上がった。幸也は上に移動する少女の顔を目で追う。目の前に居るのはなちで、でもなちじゃない。幸也には難しいことは分からなかった。
「はじめましてって・・・なち?」
「だからなちじゃないんだって。俺は憂來、はじめましてなの」
「・・・どういう意味?」
「分からない?多重人格って聞いたこと無い?」
憂來と名乗るなちの姿をした少女は、未だ地面に足をつけたままの幸也の顔を覗き込むようにしゃがむ。抉るように見つめた後、にこっと笑ってこう言った。
「聞いたことくらいあるでしょ。多重人格者。性格には解離性同一性障害っていうんだけど」
「聞いたことだけは・・・でもほんとに・・・」
「いるんだよ、ごく少数だけどね。俺らはそのごく少数の一部」
「・・・・・」
「信じないならそれでいいよ。なちは隠してたみたいだし」
その顔は笑っていたが、幸也が見たことも無いような冷たい目をしていた。そこでやっと幸也はなちの服の血を思い出した。そして立ち上がったなち(憂來?)の服を直視して、吐き気を催し口を押さえる。
「うっ・・・・ぁあ・・・」
「ちょっと、人見て吐きそうになるとか失礼じゃね?」
「ちが・・・それ・・・・」
幸也は手で口を押さえながら憂來の服を指差す。憂來はなちと同じように服を見て、なちとは違う反応を示した。
「ああ、これか」
至極当然のように言ってのけた憂來に、幸也は驚きを隠せなかった。それと同時に、幸也は耳を塞がなかった事を後悔した。
「なちの親の血だよこれ。殺した」
「は・・・?」
幸也は本日2度目の素っ頓狂な声をあげた。憂來は血の所為で体にへばりつくワンピースを気持ち悪そうにつまんでいる。幸也は今耳に届いた言葉と目の前の人物と状況の意味が分からなくて、しばらく脳内をぐるぐるさせていた。
殺した?誰が?誰を?なちが?違う、これはなちじゃない。お父さん?お母さんが、殺されて、なちは?なちはどこ?憂來が、なちを、なちの親を、殺した?・・・・・・・殺した?
「なっ・・・!!」
「お、やっと状況飲み込めた?」
ケラケラと目の前の少女は笑う。姿格好は完全になちなのに、どこか違う憂來という少女。多重人格だというその少女は、ワンピースを弄っていた血まみれの手で青ざめた幸也の頬を包む。血のせいでべたっとした、どこか冷たい手が頬に触れた瞬間、幸也は喉をひっと鳴らした。
「俺が、殺したんだ」
その目は優しく笑いながらもとても冷たかった。幸也の頬に、冷や汗が一筋流れた。
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